カリーナあれこれ

　お客様の個展に曳かれて上高地参りカリーナあれこれ（20）

カリーナ常連のお客様の中に、上高地に魅せられて通いつめているお客様がいる。
そしてその方は、四季折々、日々折々、時々刻々に新しい姿を見せてくれる上高地の景観をカメラにおさめつづけている。
その方の写真の個展が上高地のホテルでおこなわれることを知った。

若いときにはずいぶんと山に登ったが、不思議と日本の代表的な山である北アルプスには登ったことがなかった。
そのくせ、飯豊連峰、朝日連峰などの東北の山は何度も縦走した。
けして北アルプスを嫌ったわけではなかったが、「山は高さで登るんじゃなく、深さで登るのさ！」などと、誰かに聞いたせりふをはきながら、ふところの深い、交通の便の悪いこの山を登りつめた。

交通の便の悪さが助けてくれたのだろう、登りはじめたころは縦走していてもあまり人に会うこともなかったし、見渡すかぎりのお花畑の中に、自分たちのテントだけがあるという贅沢も味わった。
ふところが深く山も大きかったが、稜線に出てしまえばなだらかな起伏と際限のないお花畑、そして夏に残るスケールの大きい豊富な残雪、女性好みの山だったのかもしれない。

いつしかめったには山にも登らなくなり、登っても奥武蔵、奥多摩の日帰り登山が多くなった。
大きな山を登る機会は商売をしているとなかなかつくれないが（体力的にも自信がないこともあるのだが・・・）「北アルプスを身近に見てみたい」という欲望は持っていた。
ただ簡単に入れるようになった“銀座”と化した上高地に行くのは正直なところちょっとためらいがあり腰が上がらなかった。

10年前の１０月こと、かみさんが連休を使って友達のグループで北海道旅行に行くことになった。
まさかいっしょについていくわけにはいかないし、可能であってもそんなみっともないことは意地でもできない。
近畿ツーリストのパンフレットの「上高地たっぷり４時間フリータイム！」の夜行日帰りツアーが目についた。

「よし！いい機会だ、家でボケーっとしているよりはずっといい！」
陽が昇るころには大正池に着いた。
雲ひとつない快晴、大正池にはもやがかかり、穂高、焼岳の新雪を抱いた山頂が徐々に朝日を浴びその姿を大きくする。
時間が早いせいなのだろう、思っていたよりは人が少ない。
「来て良かった！！」偽りのないそのときの実感だった。
そのあとも、かみさんと行ってみたがやはりその景観はすばらしい。

「いい機会だから個展見に行ってみようか！」
即座に意見が一致し、５月の連休を使って行ってきた。

いつものことだが出発は早い。
３時３０分に家を出発し大正池に着いたのは７時２０分。
計画では河童橋まで入って、かみさんがまだ見ていない明神池、徳沢を中心にゆっくり散策し、翌日の帰りに田代池、大正池を見て回ることにしていたのだが、心配していた天気はみごとに快晴！
翌日の天気がどうなるかはわからないので大正池から徳沢まで散策しながら歩くことにする。

木々の芽吹きは始まったばかりで「あと一週間おそく来れば・・・・」と嘆いたが、「これはこれで貴重な景観」と贅沢な想いを反省。
無風の湖面に影を映す穂高焼岳は、変わらずにどっしりと、そして優雅だ。
梓川の流れ、田代池の澄みきった湧水の流れも、もちろん変わらずに迎えてくれた。

河童橋から先はかみさんにとって初めての道、明神岳を回り込み徳沢までの道であり、明神池より先は私にとっても初めての道である。
徳沢にはニリンソウの群落が見られると聞いていたが、明神池を過ぎてまもなく、道の両側がまだわずかに花を咲かせているだけだがニリンソウに埋め尽くされている。
歩くにしたがって咲いている花の数が増えていくように思えるし、その規模も趣も、スケールを大きくしていく。
話に聞いて想像していた以上の景観に喜びが倍加する。

ほかにハシリドコロなどもかなり咲いていたが、リュウキンカ、エンレイソウ、ゴゼンタチバナ、ヒメイチゲ・・・・・など、他にもたくさんの花々がわずかに咲き始めていた。
ここでも「あと一、二週間あとならすばらしいだろうな！？」などと、未練がましい想いが頭をよぎる。
徳沢で昼食をすませ宿泊先の河童橋までもどったが、あたたかくなった気温のせいなのだろう、明らかに往路のときよりもニリンソウの花が多く咲いていおり、その最盛期のみごとさがより強く想像され、またしても未練が・・・・・。

上高地アルペンホテルにチェックインし、ともかくも風呂に浸かって汗を流す。
今日一日の歩数計は45000を越えていた。
風呂から上がったあと夕暮れの上高地を楽しむつもりでいたが、さすがにけだるさを感じ、食事までの時間、ゆっくりとお客様の個展を見ることにした。

テーマは「樹」
四季折々の、刻々と変化する一瞬をみごとに切り取ったその写真は、やはりみごとだ！
こんな写真を見せられると、小さなデジカメではなく、一眼レフのカメラでじっくりと接してみたい気にもなるが、その良さは機材ではなく見る目とその人の感性なのだから、記念写真で自己満足するほかないだろう。

このホテルにはハイカーズベッドの相部屋を予約していたが（二食付き８９００円と、上高地としては安い）、幸いにして客が少なかったようで、四人部屋を二人で使わせてもらい、まわりに気を遣うことなくくつろげたし、食事も私たちにとっては充分満足できるものだった。

朝、いつもの習慣で早く目覚め（もちろん仕事のときのような早起きではないが・・・）朝食前の散歩に出かける。
すでに明るくなってはいるが、さすがに人はまばら。
鳥のさえずりを聞きながら、さわやかな山の空気のなかに身をゆだね、ゆっくりと歩を進めてゆくと、ポツポツと雨が降り出した。

雨具を持たずにホテルを出てきたが、「たいしたことはないだろう？」とそのまま散歩を続ける。
しかし、どうもやむ気配がなさそうに思え、少し雨脚も強くなってきたのであわてて引き返すが、ホテルに着くと、それを待っていたかのように本降りになる。
ついていたのかいないのかわからないが、のうてんきに「よかった！」と考え、朝食までのんびりとすごす。

食事が終わってもまだ雨が降り続いていたが、時間がもったいないのでビジターセンターで昨日見た花や鳥の確認をしたり、上高地の四季を紹介したビデオを見ながら雨の上がるのを待つ。

そのかいあって薄日さえ射すなか大正池に向けて出発し、ときどき雨には降られたが、昨日景色は堪能したのでバードウォッチングを楽しみながらの散策となる。
バードウォッチングは友人の感化によるもので、まだほとんどわからないことだらけだが、葉が生い茂っていないこの季節、注意してみているとかなりの種類を観察することができる。

友人の案内で何度か近くのポイントに行ったが、こんなに近くでこんなに多くの種類に出会ったのは初めてだ。
きれいな色をしたルリビタキ、ジョウビタキ、オオルリ、そしてせわしく木の幹の虫をさがしまわるコゲラ、アオゲラ、オオアカゲラ・・・
ほかにもウグイス、ヤマガラ、シジュウカラ、ハクセキレイ・・・・など、初心者の私たちを充分楽しませてくれた。

大正池食堂に着いて大正池を眺めながらの昼食。
これで今回の行程はすべて終了し、沢渡までのバスを待つだけ。
「二日間で何歩ぐらい歩いたのだろう？」と、何気なく歩数計の表示を見ると、なんと５８５８５を示している！
デジタル数字だから逆さにしても５８５８５！！

どこかで一歩でも多くても少なくても、歩幅がほんのちょっと大きくても小さくても、この数字は生まれなかった！！！
いくら偶然とはいえ、いや、ぐうぜんだからこそ、なんだかうれしくなって「ほら、見て見て！ひっくり返しても同じ数字・・・」と歩数計を見せてからひっくり返す・・・
「ほんとうだ！」
感心したように相づちを打ちながら
「でもね、いまひっくり返したから末尾は６になっちゃったよ・・・」と、冷静な答えが返ってきた。

うかつだった。
「デジカメに記録しておくんだった！」と思ったが、すべてあとのまつり・・・・
しかしいい思い出にはなったし、「終わり方としては最高！」と自己満足している。

１２時少し過ぎには沢渡を出発し、まだすいている道を気分よく、ノンストップで帰宅した。

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田代池の流れは変わらずに・・・	オオアカゲラも逃げないで	新芽をむさぼるサルがあちこちに