か弱きものよ、汝の名は・・・　おやじのひとりごと（１６）



以前にも書いたのだが、「おやじ」の住まいはスポーツクラブの隣りにある。
だが正直なところ、このマンションを購入した時にはそのことにさほどの価値を見ていなかった。
もちろん便利だとは思ったが、むしろすぐ前にある東大の施設である農場と演習林に魅力を感じていた。

ここに一歩足を踏み入れると、そこは別天地だ。
公園などと違い、土日、祭日は入ることができず、平日でも入れる時間帯は限られ、それゆえなのだろう、入り口で記帳するだけで入れるのだが人は少なく、おかげで荒らされずにすんでいる。
農場にはポプラ並木とサイロ、牛の放牧場などもあり、のどかに草を食む牛の姿も見かけられ、また、演習林にはさまざまな木々が育てられ、訪れる人の目を楽しませてくれる。

もちろんこれらすべてが研究の対象であり、作業着姿の学生さんが熱心に取り組んでいるのもよく目にする。
この施設は、気軽に使える散歩道として、学生さんのじゃまにならないように気をつけながらもありがたく利用させてもらっている。

一方、さほどに価値を見ていなかったスポーツクラブだが、今ではなくてはならぬ生活の一部になっている。
スポーツクラブと言うと若者が中心のようにも思えていたが、昼間の時間帯、その時間を自由にできる中高年の男女が中心になる。特にこのスポーツクラブは駅から少し離れているからなのだろうか、駅のすぐ近くのスポーツクラブと比較するとその傾向が強い。それだからなのかはわからないが、会員同士和気あいあいとしていて和める雰囲気だ。

駅前にできたスポーツクラブに移った会員も、しばらくしてまた戻ってきて「やはりこっちのほう落ち着いて楽しく運動できる・・・」と口を揃えて言う。
我家にとってはそれだけではない。隣りという立地条件から家の風呂代わりとして毎日必ず利用させてもらっている。
思いっきり足を伸ばせる広い風呂、からだをやわらかく揉みほぐす気泡、自分ではあまり使用しないが、もちろんサウナもそろっている。

入会当初、筋トレやテレビを見ながらステアマスター（階段上り）、エアロバイク（自転車こぎ）などやっていたが、そのことに虚しさを感じ、プールでの水中体操や水泳の練習に移っていった。
プログラムには初級、中級、上級のそれぞれのレッスンがあるのだが、参加しているのは女性ばかり、気後れがしてとてもじゃないが加わることができない。

それでもそんなレッスンを横で盗み聞きし、初め、まともに息継ぎもできなかったのが、なんとかゆとりを持って呼吸をできるようになっていった。
そんな姿を見ているからなのだろう、顔見知りになった人から泳ぎのポイントを教えてもらえるようになる。
クロール、平泳ぎ、背泳、自己流の泳ぎが少しづつ直されていく・・・・。

だがどうせなら、より速く、よりきれいに泳ぎたいし、バタフライもマスターして四泳法をものにしたい。
この頃になって腹をくくった。
女性だけで占められているスクールに、単身乗り込んだ。
顔見知りの人も多くなってきたし、それほど意気込むこともないのだが、心境としてはまさに殴り込みである。

最近ではそんな肩の力も取れて気楽に参加してはいるが、男独りでレッスンを受けていることに気後れしていることには変わりない。
バタフライも少し泳げるようになり、知り合いになった女性たちとレッスン後の練習にも少しは意見を交わすようにはなれたが、その熱意とスタミナには、とてもじゃないがかなわぬものを感じさせられてしまう。
へとへとになってプールを後にする私の目に入るのは、まだまだ意見を交わしつつ熱心に泳ぎを確認しあう女性たちの姿である。
「元始、女性は太陽であった。真性の人であった」と書いた平塚らいてう（らいちょう）の言葉が素直に納得できる。

週一度やっているテニスも主流は女性である。
だがここでは男性が健闘している。
相手は１０歳以上は若い女性たちだが、やはり体力差と運動能力で、男女に分かれたペアーの試合では、よほどのことがなければ負けることがまずない（あくまでも私たちのグループ内のことで、強い女性はいくらでもいる）

そんなグループで、テニスの帰りはファミレスで食事をしテニス談義に花を咲かせるが、その中でいつしかご主人の話になり、「男の人に買い物は任せられない」と話は進んでいった。

私のかみさんの話から、ご主人が定年になった人から聞いた話として
「亭主と２４時間一緒にいるとストレスがたまってたまらない」
「三度の食事の支度をする生活を続けていると、いいかげんうんざりしてしまう」
「家の中でずっと顔を付き合わせていると、いらいらしてきそうで、できる限り外に出るようにしている」・・・などと聞いたことがあったが、そこまでひどいものではないが、「男の人はまったくしょうがない」と言う話だ。

「買い物を頼むとね、頼んだ品物が何種類もあったってそれを全部買ってきちゃうのよ！お金のことは考えないで」
「ダメよ、男の人に買い物を頼む時にはメモに書いて持たせなければ・・・」
「買い物に行ってくれるだけいいじゃない！！」
「私の所なんて・・・・・」
「・・・・・・・・・」

ここにもれっきとした男性がいることも忘れて話は際限なく続きそうになる。
以前テレビで見た小さな子供たちの「初めてのお使い」の可愛らしくも真剣な姿を隠し撮りした番組を思いだし
ここで横槍を入れた
「だれかテレビ局に企画ネタとして持っていったらどう？　『初めてのお使い』おやじ版・・・・・」
その場は軽い笑いでお開きになったが一人になってからの自転車での帰り道
「『初めてのお使い』おやじ版、案外まじで笑いを誘えるかも・・・！？」などという思いがちょっぴり頭を横切り
あわててその思いを振り切り、坂道にかかったペタルに力をこめ一気に坂を上り詰めた。

か弱きものよ、汝の名は・・・・　である。

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